(最終回) 3. クリフ・ハイの臨死体験
https://clifhigh.substack.com/p/what-it-was-like-when-i-died
この物質世界では、一日は24時間ですが、実際には「時間」という概念はありません。すべてが「永遠の今」なのです。時間なんて幻想です。この現実の中にいる私たちの視点から見ると、人は死んでから約24時間で、この物質世界からほぼ完全に脱落します。「現世との繋がり」なんて無く、死後24時間の処理が終われば、この世から完全に居なくなるんです。この24時間のうちに、死者は歩き回って人々に話しかけ、言い残したことや感情などを伝えます。つまり、私が亡くなった親族や知人から死後に受け取った情報は、彼らが歩き回り、眠っている人の意識にたやすく情報を挿入したもので、 これは理にかなっています。そして、24時間が経てば、死者はこれらすべてから自身を浄化し、別れを告げるのです。悲しくはありません。どんな形であれ、不幸ではありません。
私は実際に、その死んで安らぎを得る経験の部分を、非常に輝かしいものだと感じました。プレッシャーも時間の感覚もなく、実に安らかなのです。物質世界では味わえないレベルの安らぎです。なぜなら、物質は常に振動し、すべてが動いているんですから。その安らぎのレベルは通常の安らぎを遥かに超えていて、これを表現できる適切な言葉は見つかりません。
24時間を経過した後は「処理」の領域に入ります。私の理解では、基本的に、自分の体を通じて人生で経験したものすべてが、魂に結びついています。魂は体の操作者で、心と体の間の仲介者です。つまり、それらの経験のすべてが、魂を浄化するのです。それは基本的に、とても薄い層にまとめられ、一滴のしずくになります。この一滴のしずくは、あなたの次の人生での直感となります。だから、言葉ではなく「前世の体が感じた経験」が直感となってカプセル化し、それが人生から人生へ、そしてまた次の人生へと運ばれるんです。そしてそれは、人生で必要とする瞬間に、体や心に何らかの形で侵入します。それが、あなたのすべての経験が精製される方法であり、直感を得る方法なのです。それが行われている間、魂は独自のプロセスを経ます。なぜなら、魂はあなたではなく「容器」だからです。魂は、あなたの心の振動を収容するために、独自に作られたものです。でも、それはあなたではなく「所有物」です。あなたの心がこの魂を所有するのです。
24時間を経過した時点で、あなたの心はいわゆる「深い眠り」に入ります。その「深い眠り」では、精神活動も、記憶も、心もあります。でも体がないので、物質世界の中での心と体との関係のようにはいきません。そして、意識は確実にありますが、「持続」の概念がないので「退屈」のような否定的な側面はありません。
今のこの体で生まれる前、私は深い眠りから覚まされました。私には、転生時の記憶があるんです。私はある場所にいて、目覚めさせられ、ドアを出て、少し暗い廊下に入りました。そこに光は無く、すべてが暗いのです。そして、この短い廊下を通り、この開口部に到達すると、天井も壁も見えない巨大なトンネルのようなものに入りました。そこには、何千万という規模の男女のペアの火花が、二人一組でそれぞれ別々に存在していました。
そして、ガイドのようなものに導かれ、促されて、二人の男女の火花に近づいているような接近感を得たのです。彼らは幸せに寄り添う存在で、自分の親になり得る人々の火花です。人はこの時、親を選ぶことで人生を選ぶのです。この火花に近づくと、彼らを選んだ場合の人生がどんなものになるかについて、かなり詳細な知識が得られました。しかし私の理解では、ほぼ全員が、生まれるプロセスの間にこのことを忘れるんです。
これは、最高意識からこの物質世界へと、あなたをつなぐトンネルです。初めてこれが起こったとき、私は自分に納得のいく親を見つけられませんでした。なので、精神活動の記憶も決定のプロセスも覚えていませんが、行き先が決まらなかったということで、元いた場所に帰されたんです。言うなれば、ホテルの部屋に戻るようなものです。それから、どれだけかわかりませんが時間が経ち、このプロセスがまた繰り返されました。
死んでいる間、私には「水平に横たわっている」という確かな感覚がありました。体がないのにもかかわらず、本当に体が眠っているような感じなのです。二回目のときも、一回目と同じでした。小さな廊下のようなものを通って大きな開口部に到着し、即座に巨大なトンネルに入ったのです。奇妙なことに、入った直後に振り返ると、そこにはもうドアがありませんでした。ただ、たくさんの火花が、来た道を戻っていったんです。不思議な経験です。
それから、私は自分の両親を見つけました。二つの火花を発見し、それを受け入れた瞬間に、この体の人生を感じたのです。そのプロセスもなかなか面白かったです。なぜなら「彼らが私の両親だ」と同意した瞬間、即座に絆が生まれたからです。時間の感覚はなく、ただ突然、私は体を得て「私」になりました。
実際には、トンネルを通って体へ向かうのです。私の体はすでに生まれていました。たいていの場合、体が生まれた後のどこかの時点で意識が入ります。それは必ずしも何日後とかではなく、生後数ヶ月や生後数年の時点かもしれません。私の場合は、乳児がハイハイを始める時期と一致していました。ベビーバスケットの中で腕と脚を動かし音を立てたのが、この体での最初の記憶です。生後3カ月の頃、私は突然体に入り、ベビーバスケットが置いてあったソファから転げ落ち、ハイハイを始めました。父も母もパニックになっていたのを覚えています。
死んだ人に対して同情する必要はありません。最初の二回の死、そして確実に、この三回目の死を経て、私の感情はすべて、この物質界にいる人たちに向いています。この世にいない人たちは大丈夫なんですよ…悩みや痛みはないんですから。むしろ、今生きている私たちにこそ、哀れみが必要なんです。私の個人的経験では、死はすべてを非常にポジティブに解放するものです。だから私は、次の死を全く恐れていません。次の死こそは成功させます。もう戻ってきません。それが待ち遠しいわけじゃありませんが、今のこの現実、この物質世界では、体を使い、新しい理解を持ち、何を成し遂げられるかを楽しみに生きています。
この世には、ランダムなことも偶然もありません。すべては起こるべくして起こるのです。だから、エリザベスさんの甥御さんの死も、起こるべくして起こったのです。
さて、これが、私が最後に言いたかったことです。私はこの体の人生を選びました。そして、この体の中で三回死にました。何千箇所もの縫合跡がありますし、未診断のまま40年以上もの間、大腸がんの痛みに苦しんできました。でも、私はこの人生を選んだんです。それがすべてを物語ります。
私はこの体の人生を選んだんです。私はカルマの流れから抜き出てクリフ・ハイになることを選び、この人生を経験しているのです。そして、この体で今ここにいることは、カルマ成就の側面です。カルマのエンジンは回り続けています。私たちはその歯車です。その意味で、私たちはこれらすべてのシステムを構築した最高意識に、非常に自信を持っています。それは、私たちに安らぎと平和を与えてくれます。
私の死の経験で、一切ネガティブなものはありませんでした。そして、私は、あなたの甥御さんも、似たようなポジティブな経験をしたと確信しています。なぜなら、死が彼を解放したからです。彼はそのカルマを終えました。次に生まれ変わるときは、違う人生を選べます。前の人生を自分で選んだ時のように、強制されることはありません。
エリザベスさん、この話で、あなたが少しでも安らぎを得られればいいのですが…大切な人の死は、本当に辛いことですね。
(END)



Eriさん!こんにちは🥰
日々の活動、お疲れ様です。
「新連載」の翻訳・出版、ありがとうございます😍🙏
こちらの記事をブログなどに共有させて頂きます。
昔、丹波哲郎が"子どもは親を選んで生まれてくる"と言っていましたが、本当だったんですね。
こんにちは😊
この体験談は貴重ですね。とても意義深いと思いました。
死は安らぎと言うのは多くの人には信じられないものかもしれません。自分の時はどうだったのか?と、読みながら考えてましたが言われてみれば痛さとか恐怖と言ったものは全く無かったように思います。😅
ぶつかった瞬間、目の前には車のバンパーがあり空が見えてましたwただ音が全く無かったです。凄く静かでしたね。
気づいたら上から自分を見下ろしてましたから🤣
と言う経験上から思うにクリフハイさんの経験は凄く納得してしまいました。
まぁここまで深くではありませんが、とても納得してしまいました。