1. クリフ・ハイの臨死体験
https://clifhigh.substack.com/p/what-it-was-like-when-i-died
この配信の翻訳記事は、最近、息子のように育ててきた甥御さんを亡くされたエリザベスさんに宛てた、クリフ氏からのメッセージです。
私はこの体で三回死にました。
死ぬときの経験は毎回、本質的に同じものでした。多少の違いはありましたが、核心部分はいつも同じプロセスでした。それに加え、私には、生まれる前の記憶や知識がありました。これらの記憶は、よくわからない仕組みでこの体に結びついています。私はこれから、説明する多くの点で、単に自分が経験したことや、それに対する印象、理解、認識といったものを描写します。それからもちろん、これらがどう繋がっているかについての考察もあります。私の心の「すべてをまとめようとする性質」が、私がエンジニアリングやソフトウェア工学に進んだ理由です。パズルのピースを合わせるのが好きなんです。
さて、私は、甥御さんを亡くしたばかりのエリザベスさんに「人は死ぬとどうなるんですか?」と尋ねられました。自分の経験からお答えします。私は三回死にましたが、毎回同じプロセス、そして同じ経験でした。多少の違いはありましたが、本質的には同じです。なので推測ですが、他の人たちから聞いた話から考えると、皆似たような経験をしているようです。死んだら最初に起きることや、戻ってきたときに心がどう反応するかは、かなり個人差があるようですが。
私は、そうしたことを時間制限なしで深く議論できる立場にありました。若い頃、私よりずっと年上の多くの方々と、電話越しに話し合いました。匿名だったので、皆がリアルな経験をオープンに語ってくれました。私はそれにより、「死」に関する一般的な理解をいくつか得ました。
ここから、私の臨死体験の話に入ります。私は、死んだすべての回で、意識が体から分離する死の瞬間、絶対的な安らぎを得ました。すべての心配事、懸念事が無かったんです。蒸発するわけでも、去っていくのを感じるわけでもない。ただただ「無」なのです。
私は9歳半のとき溺死しました。次に、16歳半のとき悪質な薬を摂取して死にました。メスカリンだと思ってたんですが、何の薬だったのかは未だ不明なままです。そして65歳のとき、大腸がんが原因で死にました。その三回目の死は最も最近のもので、詳しく覚えています。なぜなら私は、死の直前の2~3週間、その状態に入る方法を、とても意識的に準備していたからです。9歳半のときは突然起こりましたが、16歳半のときは、それが何であれ、薬が私の心を変質させてしまっていて、死にかけているときの認識が変でした。
・最初の臨死体験(9歳半)
9歳半のとき、家族でサウスカロライナ州のマートルビーチに海水浴に出かけました。時は1950年代、社会にプラスチックが導入されたばかりの頃でした。私はこの素晴らしい素材でできた、まったく新しいものを持っていました。それは、シュノーケルとフィン、そしてゴーグルです。私は夢中になって遊んでいました。
その日の私は、父の転勤から戻った2週間、海で過ごす時間を本当に楽しんでいて、ビーチから離れたところで、おそらく1日8時間くらいは水の中に入っていたんです。なので、私の両親は、私を海の中から探し出して食事に連れ戻すのが面倒臭くなっていました。私はフィンを着け、「離岸流」なんて知るわけもなく、ただ泳いでいました。
ちなみに、この出来事が起きた後、私は物理海洋学に本格的に没頭し始めました。私が科学の道に進んだのは、溺死したことが原因だったんです。
で、何が起こったかというと、「離岸流」に巻き込まれ、ブラックビーチまで約4kmも流されたんです。意識が体に戻ったとき、私は砂浜の上にいました。黒人の女性が、私が沖で浮かんでいるのを見て叫び、それからたくさんの人たちが私を引き上げ、救助隊がやってきて蘇生を始めたのです。
どのくらいの間死んでいたかはわかりません。おそらく数分は経っていたでしょう。肺は水でいっぱいでした。2~3日後、ひどい咳でゴミを吐き出すのはとてもつらかったです。死んで戻ってきたら、次の数日間がまるで地獄なんです。
溺れたときの状況はというと、とにかく…水中でパニックになり、泳いでも意味がないと気づきました。信じられない速さで動いてましたよ。水中で時速8kmくらいの移動速度だったと思いますが、本当に速かったです。そして、シュノーケルが口から抜け落ち、水面から6mくらい下の底に向かって沈み始めました。それが、私が死んだタイミングでした。それから、おそらく4分後(死んでいるときは時間を測れませんが)、即座に安らぎを感じました。体を失った割にはおかしな話ですが、温かく守られている感じがして、心地よかったんです。
心に平和と安らぎがあり、動揺することはありませんでした。それをはっきりと覚えています。「ああ、何かが起こってる…でも僕は大丈夫」みたいな感じで。同時に、自分が体から漂い出ては、また戻るような感覚を覚えていました。あの時点では、完全に体と心が分離してなかったんです。心が体から完全に分離したのは、水から引き上げられたときでした。私は、自分が体から離れるのを見て、感じ、それを認識しました。そして体から10mほど上空で浮遊し、全てを見ていました。目も耳もないのに、見聞きできたんです。
死後最初の24時間は半物質的な状態で、この物質世界にまだ留まっているような気がしますが、ある程度移動したり、感知したり、情報を取り入れたり与えたりできるんです。それについては後で触れます。とにかく、私は死に、砂浜に引き上げられました。そして、男性がやってきて、排気チューブを口に入れ、肺を強く押して、水をすべて吐き出させました。酷い咳をしましたが、私は回復しました。それから、母に怒られました。
それが当時の私の臨死体験です。死んでいるときに時間はありません。不思議なことに、時間の長さの感覚がありません。だから、正確にどれだけの時間が経ったのかはわかりません。時計や腕時計を見てたわけじゃないんですが、とにかくこれは、おそらく20分くらいの恐ろしい経験で、それが、私のその後の人生をさまざまな方法で変えました。
・二度目の臨死体験(16歳半)
16歳半のとき、友人からメスカリン(麻薬)を買いました。私はメスカリンが本当に好きでした。なぜなら、私はメスカリンを摂取することで、ハイパースペースをうまく操れたからです。わかる人にしか理解できないでしょうが、これらの薬にはそれぞれ特徴があり、わずかな量でもハイパースペースに出入り可能になることがあるんです。私はずっと、メスカリンを良いドラッグだと思っていました。マッシュルームやシロシビンはまあまあですが、職人技の質がないんです。私はシロシビンを、癒しのプロセスや治療のようなものだと考えていますが、一方のメスカリンは、私にとっては冒険でした。
とにかく、メスカリンを買ったつもりが、それは偽物で、メスカリンじゃなかったんです。私はひどく具合が悪くなり、家にたどり着くのがやっとでした。運転がふらつくような酷い効きかただったので、メスカリンじゃないとわかりました。家に帰ると、両親と弟は外出中でした。私はベッドに倒れ込んで死にました。私は、死んだことがわかって体を離れ、哀れな自分の亡骸を見ました。肌はとても白っぽいピンクで、目は巨大に拡張していました。どうやら私は、サイケデリックな経験をしたんじゃなく、単に毒を飲んだだけだったんです。精神的な効果なんてありませんでした。あの物質が何であれ、麻薬ではないおかしな合成物だったんです。
その後、私は回復しました。でも、私に薬を売った友人はあの夜死んでしまい、戻ってきませんでした。あのとき、自分が死んだということもよくわかっておらず、このことは誰にも言いませんでした。
私の体は、死ぬ過程でベッドから転がり落ちました。そして、時間に感覚も意味も無い「未知の時間」を、部屋の上部で浮遊しながら過ごしたんです。そのとき、自己の他の部分である「大いなる自己」と共にいました。私は、二つの大きな球体と一緒に部屋を見下ろしていました。明かりはないのに、すべてが完璧に照らされており、私はただそこに浮かんで、呼吸をしていない自分の遺体を見ていました。私は自分の死を認識し、体の外に出ていました。そのとき、私が抱いた唯一の思いは、「ああ、母ちゃんにめちゃくちゃ怒られるだろうな」でした。でも、平和と安らぎがあり、不安や心配事など一切ありませんでした。
これが、16歳半の時の臨死体験です。あの死のプロセスから、私はあまり多くを学びませんでしたが、麻薬を分析したり、それをどうやって買うか、さらには、どうやって自分で作るかについて、たくさん勉強しました。あれ以来、私は一種の化学者になりました。
ところで、面白い話として、死後、基本的に25時間(1日と1時間)は、まだこの物質界、物質の幻想の中に、ある程度の存在感が残っているので、そこで何かできるんです。私は72歳ですが、私の人生で亡くなった多くの人たちが、死んだ日に私を訪ねてきました。通常はその日の夜です。
なぜかわかりませんが、私が関わった人たちはみんな、朝早くか夜遅くに亡くなりました。それから18~20時間後、私がベッドに入って眠りが妨げられたりすると彼らが訪れていて、メッセージや情報を伝えてくるんです。言葉で話すわけじゃなく、受け取った情報を心が言葉に置き換えるんです。姿も見えました。
私の母や弟は、亡くなった後に私を訪れましたが、父は私から遠く離れた状況で亡くなったので、来ませんでした。でも、義父も来ましたし、他の友人も数人、亡くなった日に訪れました。その訪問は、どれも幸せなものでした。彼らはイメージとその伝え方で、平和や喜びや安らぎを伝えていました。特に弟は相当な努力をして、私に「自分は幸せで、平和で、もう苦しみから解放された」ということを理解させようとしました。
他の人たちも私を訪れ、私がしたのと似たような経験をしたことを知っています。私は、自分が死んだときは、誰かを訪れる段階までには至りませんでした。私はどの死においても、まだ体に近接してつながっていたので、本格的にそれを手放して散策に出るまでには至らなかったのです。
これは、どの死においても起こるであろうことです。




こんにちは😃お疲れ様です。
今回の「新連載」
とても興味深く拝見させて頂きました😌🙏
翻訳・出版、ありがとうございます🙇
こちらの記事をブログなどに共有させて頂きます。
お久しぶりです😊
不思議な方ですねクリフ.ハイさんはw
臨死体験と聞くと、自分も多分一度経験してるんじゃないか❓と思ってしまいます😅
三輪車に乗って家の前の駐車場で車にドン❗
今、この年齢になってもひっくり返る瞬間の光景が鮮明に蘇りますw
その後、救急車の中で自分を見下ろしていました。スポットライトの様にその部分だけが照らされていました。
記憶にあるのはここまでで、その後どうなったのかは分かりません🤣今生きてるので無事に助かったのだと思いますがwww
次回も楽しみしております✨